企業に求められる環境デュー・ディリジェンスとは――サプライチェーンへの影響力が増す環境法

001_supplychainandlaw_main
文:高橋大祐

企業に対して自らの事業活動を中心として公害防止や環境負荷低減の取組みを求めることが一般的であった「環境法」は変わりつつある。近年、環境責任を企業の外側に構築されたサプライチェーン全体に拡大するルールが急速に形成されてきているのだ。本稿では、その背景を紐解くとともに、企業に求められるサプライチェーンを通じたデュー・ディリジェンスのポイントを解説する。

「環境法」が企業活動に与える影響の変化

企業の環境責任を拡大するルールが世界的かつ急速に形成され、企業には海外も含めた各種環境法に配慮したサプライチェーン管理が求められている。その変化を語る前に、そもそもの「環境法」について、どのようなものかご存じだろうか。

一般的に、環境法とは環境保全を目的とする法令の総称である。日本においては、環境基本法の8条が、事業者の責務として、公害の防止、廃棄物の適正処理、環境負荷の低減などを掲げており、これを踏まえた個別の環境法がより具体的に事業者の義務を規定する形で、企業に環境保全の対応を求めている。

ただし、一口に環境法といっても、その分野は非常に広い。例えば、公害防止の分野では、典型7公害(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭)を防止する観点から、各公害を個別に対策する法令が存在する。

また、資源循環の分野では、循環型社会を構築するにあたっての国民・事業者・自治体・政府の役割が規定された「循環型社会形成推進基本法」が基本法として存在する。そして、廃棄物処理法や各種リサイクル法が、廃棄物の適正処理や3R(Reduce, Reuse, Recycle)などの具体的な取組みを企業等に対して求めている。

廃棄物処理法や各種リサイクル法が、廃棄物の適正処理や3Rなどの具体的な取組みを企業等に対して求めている
GettyImages

このほか、生物多様性、化学物質管理、地球環境対策など多岐にわたる分野で、様々な企業活動に関連する法令が存在している。そんななか、環境法が企業活動に与える影響の範囲が変化しつつある。

デュー・ディリジェンスを規定する2つの国際的な規範

これまで企業は、環境法において自らの事業活動を中心として、公害防止や環境負荷の低減などの取組みを求められることが一般的だった。しかし、その環境責任を拡大するルールが急速に形成されてきている。その背景には、2つの国際的な規範の存在がある。

1つは、2011年に国際連合人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)である。企業に人権を尊重する責任があることを明確化し、企業に対し、その事業活動およびサプライチェーンを通じた人権侵害リスクを特定・防止する手段としてデュー・デリジェンス(以下、DD)の実施を求めるようになったという点で、この指導原則は大きな意味をもつ。

DDとは、日本においては主に企業買収における投資対象の調査として使われる用語である。そもそもは「道理をわきまえた人が、ある立場において、その立場にふさわしい水準と内容で行うべき心配り」を示す用語で、「相当な注意」を意味するものだ。

デュー・ディリジェンスは「相当な注意」を意味する
GettyImages

もう1つの規範は、指導原則と並行して2011年に改定された「OECD多国籍企業行動指針」(以下、OECD指針)である。多国籍企業が世界経済の発展に重要な役割を果たすことを踏まえ、それら企業に期待される責任ある行動について、OECD(経済協力開発機構)が取りまとめたガイドラインであるが、2011年のOECD指針改定は、DDをすべき対象について人権のみならず環境分野も含むことを明確化した点に意義がある。

他方、上記の国際規範を踏まえて、欧米諸国では、サプライチェーンを通じた人権・環境DDの実施または開示を義務付ける法規制が導入されている。

これらの法規制は基本的には法令が導入された国の企業に適用されるものである。ただ、サプライチェーンを通じた措置を求められるがゆえに、日本企業も顧客である企業から規制の遵守・対応を求められるため越境的に影響を受けることになる。

デュー・ディリジェンスの6つのプロセス

サプライチェーンを通じたDDとはいったいどのような取組みなのだろうか。ポイントになるのがリスクに基づいた環境DDである。国際規範に基づく具体的なDDプロセスについては、OECDによる「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(以下、OECD・DDガイダンス)が詳しく解説している。

OECD・DDガイダンスでは、DDおよびその関連するプロセスを、①方針策定・体制整備、②影響の評価、③影響の停止・防止・軽減、④追跡調査、⑤情報開示、⑥是正という6つのプロセスに整理している。

各プロセスを適切に実施し、その企業活動が関連する可能性のある人権・環境への負の影響(人権・環境リスク)を回避し、対処することが、企業に求められている。中でも注目したいのが、②の「影響の評価」プロセスである。

なぜならば、サプライチェーンも含めた対応を検討する場合に、サプライヤーは多数かつ重層的に及ぶため、環境法等が求めるすべての項目について一様に対応することは、現実的でないからだ。であれば、適切なリスク評価をした上で、特にリスクの高い分野について重点的に対応するリスクベース・アプローチが、効率的な企業活動につながると言えるだろう。

その出発点は、スコーピング(範囲確定作業)をするための全社的なリスク評価の実施だ。政府・NGOなど様々な主体が発行するレポートやデータを活用したり、自社の事業部門や子会社、サプライヤー等に対してアンケートを実施したりするなどして、人権・環境リスクが重大なセクター、国・地域、製品、サプライヤー企業を特定することが重要だ。

例として、サプライチェーンの中流に位置する食品素材メーカーである不二製油グループ本社の取り組みを紹介する。原料として使用しているパーム油について、東南アジアにおけるプランテーションにおいては森林破壊や人権侵害のリスクが特に高いと評価し、その上で「責任あるパーム油調達方針」を策定。パーム油のサステナブル調達に重点的に取り組んでいる。

パーム油のサステナブル調達に重点的に取り組んでいる
GettyImages

また、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会2025年日本国際博覧会協会は、サプライチェーンを通じた「持続可能性に配慮した調達コード」を策定。そのサプライヤー等に対し、サプライチェーンを通じて、環境・人権を含む持続可能性の基準を設定し、その遵守を要求している。さらに、特にリスクが高い木材・紙、農・畜・水産物、パーム油に関しては、個別の調達基準まで設けている。

重要なのはサプライチェーンを跨いだコミュニケーションとリスクの調査

企業が、このようなリスクの特定・評価を適切に実施するためには、どうしたらよいのだろうか。結論としては、部署横断的な議論を行うと共に、外部の専門家やステークホルダーからの意見を聴取し、対話を行うプロセスを設けることが重要である。企業が設置しているサステナビリティ委員会やサステナビリティ・アドバイザリー・ボードにおいてこのような機会を設けたり、ステークホルダー・ダイアローグを実施したりすることも有益だろう。

実際、筆者も、多数の企業の社外委員や社外有識者の立場で上記の議論に参加する機会をいただいている。その際は、国内外のルールやステークホルダーの期待・懸念をふまえて、各企業が直面するリスクが高い環境・人権課題をできる限り率直に伝えることを心がけている。なお、2025年日本国際博覧会協会には、筆者を含め様々な分野の専門家やステークホルダー団体関係者から構成される「持続可能な調達ワーキンググループ」が設置され、リスクの特定・評価及びその対応に関する議論が行われている。その議事録や資料はウェブサイトに公開されているため、興味をもたれた方はぜひ参照されたい。

個別のサプライヤーのリスクの特定・評価にあたっては、サプライヤーに対するアンケート等の実施も有益である。アンケートでは、環境法令や調達基準の遵守の有無に関する自己評価を求めるSAQ(Self-Assessment Questionnaires)が一般的に使用される。しかし、これだけでは、サプライヤーからリスク情報について正直な回答を得られない恐れもある。

そこで、例えば潜在的にリスクの高い資材・材料を使っていないか否か、リスクの高い国・地域から調達していないか否かを確認したり、プラスチックや二酸化炭素など環境負荷の高い物質の排出量について情報提供を求めたり、具体的な情報を取得するために質問を工夫したりする必要がある。

リスクの特定・評価にあたっては、サプライヤーに対するアンケート等の実施も有益である
GettyImages

また、サプライチェーン上の環境・人権問題を含めて苦情を受け付ける苦情処理(グリーバンス)メカニズムを設置することで、外部からもリスク情報を取得でき、早期にリスクへ対応することが容易となる。たとえば、上述した不二製油グループ本社では、サプライチェーンにおける環境・人権問題に関して苦情を受け付けるグリーバンスメカニズムを設置し、その苦情処理の対応状況をグリーバンスリストとして公開している。

一企業でこのような苦情処理メカニズムを設置することが困難な場合には、集団的なプラットフォームに参加し、支援を受けることも有益である。例えば、ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)は、日本企業のサプライチェーン上の人権・環境問題に関する苦情を受け付けるプラットフォームを運営し、企業の苦情処理を支援している。

上記で特定した重大なリスク領域では、より詳細な評価が必要になる。その際には、自社のサプライチェーンが原材料の調達に至るまでにどのようにつながっているかを遡る「サプライチェーンマッピング」を行うことも重要だ。

例えば、上述した不二製油グループ本社は、パーム油のサプライチェーンについて、搾油工場の完全なトレーサビリティを実現するため、サプライヤーを階層別、地域別、製品種類別にマッピングし、サプライチェーンにある約1400社の搾油工場のリストをWEBページに公開している。この取組みは、企業が自社のサプライチェーンその他の取引関係を完全に把握していなければ行えず、リスクの所在を理解するのに効果的なものといえる。

このように重大なリスク領域をより詳細に調査し、その評価を前提に、リスクの高さに応じたメリハリのある対応を取ることができると、効率的にサプライチェーン全体の環境保全対応等に貢献していけるのである。

サプライチェーン環境規制への対応が企業価値に直結する

ここまで見てきたように、サプライチェーンを通じた取組みを求める環境規制の範囲が、従来以上に拡大している。たとえ自社が環境規制の適用を受けなくとも、顧客などの取引先からはサプライチェーン管理の一環として、国内外の環境規制への遵守・対応が企業に対して求められるようになっていく。

このような規制への遵守・対応を怠れば、最悪の場合、顧客を失い、経済的な損害が生じるリスクがある。一方で、顧客や投資家が期待する環境法への対応を率先して実践したうえで、効果的に情報開示を行うことで、顧客から信頼を高めて競争力を強化できる。さらに、投資家・金融機関からの評価を向上させ、投融資先としての魅力を高めることもできるだろう。その意味で、サプライチェーンを通じた環境法への対応が企業価値に直結するようになっている。

サプライチェーンを通じた環境法への対応が企業価値に直結する
GettyImages

筆者は、OECDのコンサルタントとして、日本企業における環境DDの事例研究に参加する機会をいただいた。

事例研究を通じて判明したのは、多くの日本企業は、環境マネジメントシステム(組織や事業者が、環境保全の目標を設定し、その取組みを実施するための組織の体制・手続き等の仕組み)の整備やCSR観点での調達の実施、気候変動に関連した情報開示などを通じて、環境DDに関する取組みの一部をすでに行っているということである。

一方で、法令遵守を超えた国際的な環境・人権基準の尊重、サプライチェーンの管理、ステークホルダーとの対話、情報開示、被害に対する是正・救済などの面での課題も判明した。

既存の取組みを生かしつつ、国際規範の要請事項とのギャップも分析し、重要度に応じてリスクベースで取組みを強化していくことで、昨今の環境法が求めはじめているサプライチェーンを通じた環境保全対応等をスムーズに実施することが可能になるはずだ。

高橋 大祐(たかはし・だいすけ)

真和総合法律事務所パートナー弁護士。法学修士(米・仏・独・伊)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。企業・金融機関に対し、環境法を含むコンプライアンス・サステナビリティに関する助言・危機管理・紛争解決を担当。第一東京弁護士会環境保全対策委員会委員長、日弁連弁護士業務改革委員会CSRと内部統制PT副座長、国際法曹協会ビジネスと人権委員会共同議長。OECD金融企業局責任ある企業行動センター・コンサルタント、外務省ビジネスと人権に関する行動計画作業部会構成員、環境省環境デュー・ディリジェンス普及に関わる冊子等検討会委員、2025年日本国際博覧会協会「持続可能な調達ワーキンググループ」委員などの公職も歴任。