ルールメイキングは、スピーディな社会実装のための「ビジネスマナー」——法の専門家と考える、AI技術とデータの倫理的な活用の手引き

ルールメイキングは、スピーディな社会実装のための「ビジネスマナー」——法の専門家と考える、AI技術とデータの倫理的な活用の手引き
取材・文:相澤良晃、写真:池村隆司

生成AIのような新しいテクノロジーは、イノベーションを生むと期待されている。しかし、法整備が追いつかない中でビジネス活用が進んでいくため、業界団体等が自主的に示すガイドラインが指針となる一方で、いわば「グレーゾーン」とも言える企業姿勢や倫理観に基づく配慮が必要な領域が存在する。

技術の発展に比例するように拡大する「グレーゾーン」に、企業はどのような考え方で配慮すればよいのだろうか? 企業のデータ活用における個人情報やプライバシーの課題解決を支援している弁護士・福岡真之介氏と、パナソニック コネクト エバンジェリストの宮津俊弘が語り合った。

福岡真之介

弁護士・ニューヨーク州弁護士(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)

テクノロジー分野においては、AI・ビッグデータ・IoT等を中心に取り扱っており、内閣府「人間中心のAI社会原則検討会議」構成員、経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」委員を務める。「生成AIの法的リスクと対策」、「AIの法律」、「データの法律と契約」等の著書がある。
企業法務分野については、一般企業法務、M&A、コーポレートガバナンスを取り扱っており、「監査等委員会設置会社のフレームワークと運営実務」「インサイダー取引規制の実務」「株主総会の実務相談」等の著書がある。

宮津俊弘

パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部 エバンジェリスト

入社後、旅行業界や外食業界向けのB2B営業として添乗員向け精算端末やファストフードチェーン向けPOS等の機材販売に従事。現在はITデジタル推進部門に所属。 統制視点ではなく、個人情報分野、特にカメラ画像利活用における事業貢献・案件支援をメインにした活動を実践。また、技術の進展、社会の複雑化につれて益々多様化する支援要請に迅速に対応する為、法務、知財、IT部門を横断するバーチャル組織「データ利活用支援チーム」を創設。個人情報、個人関連情報、パーソナルデータを中心としたデータビジネス推進において現場から寄せられるお困りごとに対してワンストップで対応。2016年より現職。
「経産省・総務省 IOT推進コンソーシアム」の「平成28年度カメラ画像利活用サブワーキンググループ」委員。「カメラ画像利活用ガイドブックver1.0」の策定に寄与。「電子情報技術産業協会(JEITA) 個人データ保護専門委員会」委員。

企業姿勢が問われるデータ活用の「グレーゾーン」とは?

――企業がAIやデータを活用する際に、法的には問題ない運用方法でもプライバシーの観点で問題視されるケースが散見されます。このような現象の背景にはどのような原因があるのでしょうか?

宮津:企業の中でデータ活用の実務に携わる立場でお答えします。実際ここ数年、個人認証技術やAIの急速な進化にともない、個人情報やパーソナルデータをどう取り扱うべきかという問題がいたるところで持ち上がっています。

より一層、説明責任やデータ活用の透明性の担保などが企業に求められるようになってきました。個人情報保護法などの法律の外側に、法律では明記されていないものの配慮が必要となる「グレーゾーン」が急速に拡大しているんです。

福岡:法整備が追いついていないため、各社が独自にデータ取り扱いのリスクヘッジや配慮をすることが求められていますよね。

宮津:はい。しかし、既存の職能・職務でのリスクヘッジが難しいというのが私ども含めた日本の企業の実状です。「法務」「知財」「IT部門」の守備範囲のあいだ、野球に例えるなら、いわば“ガバナンスの三遊間”を突いてくるのが、データ活用におけるプライバシー配慮の問題にあたります。

企業に求められているグレーゾーンへの配慮
(提供:パナソニック コネクト株式会社)

例えば、施設の入場ゲートなどで活用されている顔認証カメラを例にとれば、全ての来場者に逐一、データ活用の同意をとることは事実上不可能ですよね。また、誰がそのデータを取得・活用しているか消費者はその場で理解できないですし、逆にデータ活用の目的を毎回説明されて同意を求められたらユーザーの利便性を損ねてしまいます。こうしたユーザーへのプライバシーの配慮措置がグレーゾーン配慮につながり、今、企業に求められていることです。

――福岡先生は、課題の要因をどのように考えていますか?

福岡:クライアント企業からデータ活用に関する相談をいただく機会はよくありますが、多くの企業においてAIやデータ活用の前段で必要な対策を実行するのが難しい状況にあるというのが私の理解です。いま企業が直面している課題は、大きく3つあると思っています。

1つ目は、「グローバル化」。取引先企業や子会社が海外にあると、データを管理するサーバーも現地に置かれるケースが大半です。そうなると、データ活用のガバナンスを進めるためには、各国のデータ活用についての法律も学ぶ必要があるわけですが、そこまでのリソースは多くの企業の担当者にはありません。

2つ目は、「コモディティー化」。以前は、データを扱えるのはデータサイエンティストなど限られた職能の専門家だけでした。しかし、いまでは営業職をはじめ、一般従業員が顧客データベースなどにアクセスして活用するのが当たり前になっています。データ活用のルールを厳格にすれば、情報漏洩などのリスクは下がりますが、反面、それは積極的なデータ活用に水を差すことになりかねません。いかに一般従業員のデータ活用を推進しながら、リスクを低減できるルールをつくれるかが重要なポイントだと思います。

3つ目は、「倫理観の醸成」。データ活用におけるプライバシー配慮の問題は、「法律を守っているからOK」という単純な話ではなく、社会全体に納得して受け入れてもらうことこそが大切です。たとえ法に触れていなくても、「社会受容性」が欠如した結果、多くの人の反感を買ってしまう、というのが消費者トラブルの主な要因ですから。

現状、データを活用するか否かの判断は企業、データ活用の正当性の判断は消費者に委ねられている。個々人によって異なる「倫理」に対して、企業がどこまで社会受容性を高められるようなプロセスで対応できるかが喫緊の課題だと思います。企業内でも誰が最終的に判断するか決まっていないことも多いし、ケースバイケースでもありますから、なかなか難しいですよね。

福岡 真之介弁護士
福岡 真之介弁護士

倫理的なデータ活用に必要な「定期的な見直し」と「多様性」

ーーでは、実際にどのようなプロセスで企業はデータ活用を推進できるのでしょうか?

宮津:「企業が担保したい透明性」と先述した「消費者が求める快適さ」のバランスをうまく両立できたときに、倫理的なデータ活用ができている、と言えるでしょう。好例として、「渋谷書店万引対策共同プロジェクト」が挙げられます。

パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部 /エバンジェリスト 宮津 俊之
パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 サービスデリバリー部 /エバンジェリスト 宮津 俊之

福岡:渋谷書店万引対策共同プロジェクトは公式サイトを見れば、誰が、何の目的で、データをどのように扱っているのかも、すべて明らかにされていますよね。外部の検証委員会を入れていることも明示されている。透明性が非常に高いですし、公共性も高いデータ活用プロジェクトですから、多くの人が受け入れているのも納得できます。

――渋谷書店万引対策共同プロジェクトがユーザーに受け入れられるようなデータ活用ができた要因は、どこにあるのでしょうか?

福岡:最初に1店舗で実証実験をしてから複数店舗へ導入したことが成功の要因だと思いますね。定期的な見直し・改善のサイクルを取り入れることも倫理的なデータ活用においては大事です。技術の進歩は早いので、個人の倫理観もそれに応じて変化し得る。個人情報保護法も3年に1回見直すということになっています。

消費者が納得できる倫理的なデータ活用のためには、社外にも意見を聞くなど多様性を確保することが重要です。社内だけの視点で「問題ない」と判断しても、消費者にとっては必ずしもそうではない。だからこそ、トラブルにつながるわけです。逆に、若年層には自分のパーソナルデータを活用されることにあまり抵抗がないという人も少なくありません。さまざまな意見が組み合わさって、ようやく社会全体で“みんなが気持ちのいいデータ活用のルール”が出来上がっていくのだと思います。

宮津:先ほど福岡先生は「倫理」とおっしゃいましたが、私は「倫理」というと現場の担当者にとっては重たい感じがしてしまうので、「ビジネスマナー」と言っています。

AIやデータ活用も、名刺交換やメールと同じようにこれから浸透していくのではないでしょうか。名刺交換なら、「初めて会った時にお互いの名刺を渡す」という。メールも当時はセキュリティ面での不安が囁かれましたが、送付するデータにパスワードを別途送信したり、別URLにファイルを格納したりする仕組みが出来上がりました。世に出たばかりの頃は正しい使い方がわからず、トラブルが頻発したけれど、次第に業界でルールが作られて、社会全体で気持ちよく使えるようになっています。“みんなで気持ちよく使おう”というのはマナーと同じ考え方ですよね。AIやデータ活用というのは、今まさにルールを作っている最中なんです。

(左から)福岡真之介弁護士、宮津俊之

――データ活用のルールメイキングを進める際に、どこから始めれば良いのでしょうか。

福岡:まずは国や業界団体などが作成しているガイドラインを参考にしてみてください。たとえば、カメラ画像の取り扱いについては、宮津さんも策定に関わられた「カメラ画像利活用ガイドブック」ver3.0が現在、経済産業省のホームページで公開されています。

また、一般社団法人日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)は、“攻めのデータ活用におけるつまずきポイント”のチェックリストをホームページで無料公開しています。パーソナルデータや外部データの活用を始める前に、最低限確認しておくべき事項が端的にまとめられているので、ぜひ活用してみてください。

こうしたガイドラインなどを参考にしながら、各社がルールのグレーゾーンやベストプラクティスの最新動向をつかんでいくことが大事で、その輪が広まれば、さらに各業界のルールが定まっていくと思います。

宮津:おっしゃるとおり、グレーゾーンの動向を常に追いかけていくことは大切ですよね。常に技術が法に先行し、その逆はあり得ません。法制度(=ハードロー)の遵守はもちろんのこととして、法整備をただ待つのではなく、ガイドライン(=ソフトロー)を確認して、データ活用のビジネスマナーを業界で作っていく。そういう活動が大事ですし、もっと活発にしていきたいと思っています。

このような活動は1社だけではどうしても「社内ルール」になってしまって、ユーザーにまで発信することが難しいんです。でも、業界内で連携すればユーザーへの発信もよりしやすくなる。企業単体ではなく業界として取り組んでいけるような仕組みづくりは、自分のミッションだと考えています。私が2021年に立ち上げたバーチャル組織「データ利活用支援チーム」も、そのような考えから生まれたものです。

他社との連携でデータの価値はさらに高められる

ーー最後にデータ活用を推進したい企業の担当者たちにメッセージをお願いします。

福岡:あまり恐れすぎずに、データやAIを活用してほしいと思います。たとえば、生成AIに関して、「機密情報の漏洩が心配だ」という方もいらっしゃいますが、クローズドのセキュアな環境で使える生成AIもたくさんあります。先ほど述べたようにガイドラインを読むだけで解消されるような不安や誤解もあると思います。

法の面でも、例えば個人情報保護法は、「個人情報を使ってはダメ」という法律ではなくて、社会的に見て正当な使い方が説明できていれば問題にならないケースがほとんどです。データ活用を後押しするような法制度もあります。

宮津:個人データを活用することにナーバスになるあまり、実証実験だったり、ソリューションの精度を上げることができなかったりする、というケースはよくお客さまや社内からも聞きます。

福岡:情報やデータって、自社だけだとうまく活用できないけれど、他社と共有することによって大きな価値を生み出せるというケースがかなり多いですよね。例えば、生成系AIはまさにたくさんデータを学習すればするほど結果の精度が上がります。オープンにする情報とクローズにする情報を見極めて、データ活用の戦略を立てることができたらもっとビジネスの可能性が広がるのではないでしょうか。

宮津:私も企業の中で、現場に寄り添いながら、ユーザーにデータ活用の正当性を積極的に発信することで「技術と社会のギャップ」というグレーゾーンを埋めていきたいです。いずれもっと、スピーディかつ正確に企業もデータ活用の可否を判断できるようになっていくでしょう。

福岡:AIやデータ活用の問題は、本当に難しいものがあります。でも、同時にビジネスチャンスも大いに眠っている。とくに製造業はAIを活用することで、大きく成長できる可能性があると考えています。私も法の専門家として、AIやデータが活用しやすい環境づくりをサポートしていきます。

(左から)福岡真之介弁護士、宮津俊之